お伺い書

謹んでお伺い申し上げます。

 私ども顕正会員は、現在の正系門下の濁乱の中、大聖人様の御遺命たる広宣流布・国立戒壇建立を目指す唯一の団体に連なり得た身の福運を噛み締め、又、顕正会こそ大聖人様の御心に叶う唯一の仏弟子の大集団との誇りと確信を胸に、日々の御奉公に励んで参りました。
 しかしながら近年、顕正会御奉持の御本尊につき様々な疑念があることをネットや人を介して知るに至り、月々日々に已むに已まれぬ思いが募るばかりであります。過去の浅井先生の講演(添付資料参照)を拝しましても不明瞭かつ説明不足は否めず、今のままでは後顧の憂いなく戦うことの困難を思わざるを得ません。
 本年3月18日の日曜勤行において先生は「但日本国には日蓮一人計りこそ世間・出世・正直の者にては候へ」(法門申さるべき様の事)を引用され「正直の徳」について御教示下さいました。そして結句において「仏法において妄語してはいけない。不正直してはいけない。その門下一同の不正直の中において、顕正会はただ大聖人様の仰せのままに、正直に御遺命を守り奉り、正直に広宣流布に戦ってご奉公を申し上げる」と。
 まことに、ご指導の通りであります。
これをもって、法華講等の御遺命違背を諌めんとするに、戒壇論以前に顕正会奉持の御形木御本尊の疑義の追撃を受け、かえって異流儀との烙印を押され切歯扼腕の思いであります。
御遺命堅持の誇り高き顕正会員として、明確な文証を基に反論出来ぬことへの苛立ち・歯痒さ、いや増すばかりでありますが、如何せん、もはや個人レベルでの対応には限界を感じずにはおれません。

 ここに堂々と戦う為に疑難を粉砕すべく理論武装を施したいと念願しております。
 なにとぞ、本部、先生の明確なる回答を伏して請うものであります。

 お伺い事項

@松本御能化から託された御形木御本尊の総数、ならびに内訳、殊に、日布上人大幅御形木御本尊は過去宗門には存しておらないという疑難についての反論をお願い致します。

A儀礼室において奉掲する大幅御形木導師曼荼羅の存在について
導師漫荼羅は通常、導師に下されるものゆえ授与書が必ずあるはず、と聞き及んでおりますが、日布上人の導師曼荼羅には授与書きがございません。もし大石寺の化儀上に存在しないものが顕正会に存するのであれば、その理由と法華講等に対しての反論をお願い致します。

 いずれにせよ、顕正会御奉持の御本尊は妙縁寺の松本御能化より託されたものが全てと理解しております。諸般の事情から今まで明かせなかったその他のルートからの御本尊があるならば既に最終段階、明確にして頂く時期ではないかと考える次第です。又、現在、個人会員宅の御本尊を表具し直すに当たって、痛みが激しい場合には新たに御本尊を本部から戴けるとのことですが、この様な事が出来るのはいかなる理由によるものなのか、なにとぞ明確に回答賜りたく存じます。顕正会においては数に限りのある貴重な御本尊のはずであります。

 不肖な弟子にして先生に対して恐れも知らぬ不相応なる質問であることは重々承知しております。
 しかしながら、私どもは何も、「先生が信じられない」との理由で、お伺いするものではありません。偏に先生・顕正会を守りたいが為であります。又、日本国の全邪宗相手に戦うに際して、後顧の憂いがあってはならぬとの考えからでもあります。
 今まさに、この事を耳にし妙観講・法華講等に流れていく者、或いは日頃の勤行に心が定まらなくなってしまった者、或いはこの問題を契機に会の内情に目が向き、そこから様々な不審を抱く者等、多くの会員が悩み、苦しみ、その中にあっても先生を信じ、口に出せずに悶々としているのであります。
 正系門家において唯一白蓮華の如き清純なる団体の内情がこのような状況で良い訳がございません。
 よし又、暫時の化儀として新たに御本尊を作成しているという事であれば、日本国の中の顕正会としてその正当性を内外に知らしめ、会員として理論武装しなければ一国相手に戦える道理はございません。
 
これ等の問題つきましては、一般会員には荷が重く、又、粛清よろしく「先生が信じられないものは要らぬ」との一方的処分が断行されている現状を踏まえ、公開質問の形をとらせて戴くものであります。私どもは住居不明の怪文書ではございません。アドレスまでご返答お願いいたします。


顕正会本部 御中


平成十九年 妙信講再建五十周年の八月 

発信元 

          富士大石寺顕正会 是正協議会執行委員一同


【添付資料】


 本年2月18日の日曜勤行においてかくご指導下されました。

「吾が一門の人人の中にも信心もうすく日蓮が申す事に背き給わば蘇我が如くなるべし」と。たとえ我が弟子であったとしても、慢心を起こして、大聖人の仰せに背くならば、蘇我入鹿が慢心して一時に亡んだように、必ず身を亡ぼすということを仰せになっておられますが、私はこの御文を拝するたびに、池田大作の御遺命違背を思うのです。(略)大作自身もかつては正しいことを言っておった。彼の文章・・・文章っていうのは恐いですね。永遠に残りますね。これは大白蓮華59号というのに載っかってるんでありますが、永遠に残る。その16ページですね。彼はこう言ってる。「国立戒壇の建立こそ、悠遠六百七十有余年来の日蓮正宗の宿願であり、また創価学会の唯一の大目的なのであります」と。

 ご教示の通り活字は永遠に残るものであります。

而して下記の過去の講演を拝するに外部から指摘を受けるまでもなく、いささか不自然な感が否めません、なにとぞ会通をお願い申し上げます。

【顕正新聞第329号 昭和六十年三月十五日号】 本部会議

 昨年高知会館に日布上人の常住御本尊を御入仏申し上げたが、そのおり一班長から御本尊の由来について尋ねられた。幹部は心得ておくべきであるから、ついでに本日説明しておく。
 顕正会で護持している御本尊は、すべて日蓮正宗妙縁寺住職・松本日仁尊能師より授与され、私が護持申しあげてきたものである。(略) 妙信講に解散処分が下された時、私は松本尊能師に将来の広布推進のため、御本尊を大量に御下げ渡し下さるよう願い出た。松本尊能師には私の意をよくお聞き下され、自ら護持されていた大幅の常住御本尊七幅と、日寛上人書写の御形木御本尊数百幅を私に託して下さった。この七幅の常住御本尊とは、二十八代日詳上人・五十四代日胤上人・五十五代日布上人・五十六代日応上人・六十代日開上人・六十四代日昇上人等の歴代上人御書写の御本尊であり、このうちの日布上人書写の御本尊が高知会館に御安置されたのである。また御形木御本尊については、宗門の全末寺において昭和四十年までは日寛上人の御本尊が下附されていたが、四十一年からは日達上人の御形木御本尊に替わった。松本尊能師は四十年以降この日寛上人の御形木御本尊を妙縁寺に秘蔵しておられたが、私の願い出により、これをすべて託して下さったのである。いま、顕正会において、地方における入信勤行の際に幹部が奉持する御本尊も、また地方拠点に御安置される御本尊も、みなこの日寛上人の御本尊様である。

【顕正新聞第603号 平成五年六月二十五日号】 松本日仁尊能化第十七回忌法要

 この御尊能化は、妙縁寺を出られる前に、私に多くの御本尊を託して下さった。それは、私が願い出たからであります。
 私は"将来全国的に広宣流布を進めるに当って、地方の拠点、拠点に、どうしても御本尊を御安置しなければならない。たとえ一人ひとりは遥拝勤行で信行に励むとも、入信勤行を行う拠点だけには、どうしても御本尊を御安置しなければならない"と思っていた。
 そこで尊能化に願い出たわけであります。尊能化は「妙信講が広宣流布の御奉公をするのに、御本尊がなければ困るでしょう」とおっしゃって、日寛上人の御形木御本尊を大量に、私に託して下さった。
 実は昭和四十年一月以降、宗門では末寺で授与する御形木御本尊を、日達上人の御本尊に替えたが、それ以前の三十年代には、どの末寺でも日寛上人の御形木御本尊を授与していたのです。松本尊能師はその日寛上人の御本尊を大量に蔵しておられ、それを私に託して下さったのであります。
 そのほか、本部会館安置の御本尊を含めて、歴代上人の大幅の常住御本尊七幅も、お渡し下さった。

【顕正新聞第797号 平成十一年四月二十五日号】 本部指導会

そして旧本部会館ができた昭和四十八年十二月、松本尊能化にお願いして「妙縁寺重宝」の脇書ある御本尊を、妙信講に授与して頂いた。それが現在の本部会館の御本尊様であります。このとき松本御能化は自ら御入仏式を執り行って下さった。 (中略) この松本尊能師が、最も心配され、心を砕いて下さったのが、御本尊様のことでありました。
 「顕正会が将来広宣流布に戦うのに、御本尊様がなければ困るでしょう」 と常に云っておられた。私も「そのとおりです」と、強くお願い申し上げた。 ここに、松本尊能化は、妙縁寺に所蔵するところの歴代上人の御直筆御本尊七幅、それから日寛上人の御形木御本尊、並びに日布上人の御形木御本尊を多数用意して、私に託して下さったのであります。

    

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