お伺い書U


 謹んでお伺い申し上げます。
 妙信講再建五十周年の本年八月、私ども是正協議会では「お伺い書」を提出させて頂きました。それより一ヶ月間、ひたすらお待ち申し上げましたが一向に回答はなく、その兆しも見えぬ状況下、怪文書の烙印を押される事に憂慮を覚え、全国会館・事務所に向けて、新たな書簡を送付させて頂きました。その骨子は、物事の本質を道理に基づいて判断するのが賢者であり、真の仏弟子であることを、雪山童子の譬えをもって述べさせて頂いたものであります。然る所、九月度総幹部会におきまして、私どもの「お伺い書」の回答とも思える講演がございました。

 私どものお伺いした主旨は、従来の講演内容では「不明瞭かつ説明不足は否めず、今のままでは後顧の憂いなく戦うことの困難を思わざるを得ません」との思いであり、「堂々と戦う為に疑難を粉砕すべく理論武装を施したい」との願いでした。しかし、残念なことに肝心な部分には、お答え頂けませんでした。
 まず御形木御本尊の性質として、「近年信徒の増加にともなって御形木御本尊という制度ができ、これを入信時に下附するようになった」ことを挙げられ、「実は御形木御本尊の下附は、昭和二十九年までは宗門で統一することなく、各末寺において、それぞれ縁の深い貫首上人の御形木御本尊を授与していたのです。これが宗門のしきたりであった。その例を挙げれば、東京の末寺においては、品川の妙光寺が五十五世・日布上人の御形木御本尊、池袋の法道院が五十六世・日応上人、同じく池袋の常在寺は五十七世・日正上人、そして白山の白蓮院では六十世・日開上人という具合で、それぞれの末寺で有縁の貫首上人の御形木御本尊を授与していた。これは末寺住職に許された権限であり、古来からのしきたりであったのです。」  (顕正新聞 平成十九年十月五日号 第1081号)と講演されました。御形木御本尊の下附は、個人・初心者がその対象かと存じます。そうしますと、個人貸与にしては余りにも大きい大幅御形木御本尊の存在自体が理解に苦しみます。
 また昭和二十九年以前は各末寺に縁の深い貫首上人の御形木御本尊を授与していた由ですが、吾妻橋妙縁寺は歴代の住職の中から、日元上人・日宣上人・日英上人・日霑上人の四人、所化からは碩学の堀日亨上人という、都合五人が大石寺の貫首上人となられたほどの名刹であります。しかしながら日布上人有縁とは聞きませんし、今回の先生の講演においても仰せになられませんでした。つまり、妙縁寺に日布上人の御形木御本尊があることは不可解なのであります。これをどのように理解すればよろしいのでしょうか。
 また導師曼荼羅に付いては、
「松本尊能化は、「葬儀のときに困るでしょう」とおっしゃって、日布上人御書写の「大日蓮華山大石寺」の脇書がある導師曼荼羅の御形木御本尊まで、六幅授与して下さった」
                        (顕正新聞 平成十九年十月五日号 第1081号)
と解説されました。今回の講演を、平成十五年に行なわれた初の儀礼室会議と比較しますと、そこには信じがたいほどの自語相違が見られます。
「葬儀・法要に際しての家族の追善回向がいかに大事であるか、また顕正会で格護する日布上人・日昇上人の四幅の導師曼荼羅について等、大事な指導を長時間にわたってなされた。」             (顕正新聞 平成十五年二月十五日号 第921号)  
 四年前には四幅の導師曼荼羅とあるものが、いつの間にか六幅になっております。
大事な長時間にわたる平成十五年の儀礼室会議でも明かされることのなかった、布師の六幅の御形木導師曼荼羅とは如何なるものなのでしょうか。いかにも不審であります。不整合と併せ、更なる明確な説明がなければ、部外に付け入る隙を与えてしまいます。
 すべては松本尊能化から託された御本尊であります。それがどうしてこのように変遷するのでしょうか。
 元来、導師曼荼羅は導師に下されるものゆえ、僧侶に対しての授与書きを省略した御形木の導師曼荼羅の存在自体が日蓮正宗の化義ではあり得ないと、聞き及んでおります。しかし今回の説明では、あたかも松本能化が、「宗門の古来からのしきたり」を犯して、通途の御形木御本尊同様に、将来の顕正会の為に御形木導師曼荼羅をお作りになられたという意味に聞こえます。
 果たして、遵法精神の強い尊能化が、本宗で行われていない化儀を強行されましょうか。また顕正会が将来、僧侶を排し在家による葬儀を行うようになる事などは存の外だったのではありませんでしょうか。

 加えて十月度総幹部会におきましても、御本尊問題に関する重要な言及がございました。
「何よりも顕正会は、解散処分によりかえって、二代の悪貫首の本尊に縁をしなくなったことこそ、実は大功徳だったのであります。細井日達、阿部日顕の両貫首は、御本仏の御遺命を破壊せんとした師敵対の者ですよ。師敵対の者に、どうして大聖人様の御魂を、書写し奉る資格がありましょうか」と。(顕正新聞 平成十九年十一月五日号 第1084号)
 現在の顕正会では、阿部管長のことはいざ知らず、細井管長ついては血脈相承をお受けになられているとの認識にあるかと存じます。されば御遺命違背の振る舞いとは別次元において、「代々の聖人悉く日蓮」に基づき御相承の心血を傾け書写し奉るものと、かつては指導頂いておりました。ところが今回は、それを覆す講演でありました。
 修羅と悪竜の合戦に巻き込まれず、醜悪な戦いを眼下に孤高の立場に存せたのも、節度ある諌臣争子の立場であればこそではないでしょうか。当時、学会が阿部管長を「日顕」と呼び捨てにするもこれに同調せず、或いは阿部管長書写の御本尊に不敬を致さんとの者がいれば、仏法の筋目からこれを咎めてまいりました。
「顕正会が六十六・七の二代の貫主を「法主上人」と崇めず、ただ宗務行政の長としての「管長」と呼んでいるのも、ひとえに日興上人の御遺誡を重んずるがゆえである。ただし、誑惑が清算され国立戒壇の正義が宗門に蘇る日には、改めて「日達上人」「日顕上人」と呼ばせて頂く」と。            (「学会・宗門抗争の根本原因」平成三年十月)
 ところが今や顕正会内部でも、「細井日達」「阿部日顕」等と呼び捨て、さらに「二代の悪貫首」と先生から指導されれば、一念信解の会員は本尊までも憎み、なれば二代の管長の御形木本尊を軽んじ、万が一不敬を働く者が出たとしてもおかしくありません。これらをどうお考えなのでしょうか。顕正会においては、この二代の管長の御本尊は拝む対象としない、ということなのでしょうか。
 信仰の対象としないということが仏法の道理ならば、感情論ではなく御書、歴代先師の文証を基とした会通をお願い申し上げます。
 御遺命違背の貫首に書写の資格なしと断じ、本尊も否定することは淳師から細井管長への血脈をも否定することになりませんでしょうか。
 生意気な言い方ですが、かつての講演との齟齬を解消していただけなければ八百万学会員はおろか百二十万顕正会員も救われず、広宣流布、国立戒壇など夢のまた夢となりませんでしょうか。
 
 これでは宗門からの批判に全く反論できません。この状況下でも「有り難いだけでいい」などという軟弱な事で「広宣流布」が叶うとは到底思えないのであります。
 なにとぞ全顕正会員の利剣となすべく、更なる回答を賜りますよう、重ねてお願い申し上げるものであります。


顕正会本部 御中

平成十九年十一月


                       
                          
                            冨士大石寺顕正会是正協議会執行委員一同














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